【連載コラム】第4回 ケースメソッドで教えるための新しい教科書の登場
日本ケースセンターは現在、私立の大学(大学院)である名古屋商科大学ビジネススクールがその運営母体になっている。それでも、センターの性格はできる限り「公的」なケース提供機関でありたいと考えている。そんなケースセンターが、個人が著した一冊の書籍を紹介するというのは々勇気の要ることでもあるのだが、その本の冒頭に、私の恩師である髙木晴夫先生とともに推薦文を寄稿し、そこには名古屋商科大学ビジネススクール教授の肩書と並べて、日本ケースセンター長の肩書も添えた。ということは、日本ケースセンターとしても推薦する書籍ということになるのだろう。
本のタイトルはズバリ『ケースメソッドの教科書』。そこに「これさえ読めば授業・研修ができる」というサブタイトル(このことがどの程度真実なのかは読み手の教育力量に依存しそうだが)が付されている。本書は、立命館大学大学院経営管理研究科の水野由香里教授と、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科の黒岩健一郎教授の共著であり、二人とも私の旧友である。
二人ともにケースメソッド教育の熱心な探究者であり、日本を代表するケースメソッド教育実践者である。日本ケースセンターにも多大な貢献を積み重ねてこられた。日本ケースセンターが「ノーベル・ケースメソッド賞」のような賞賜の授与機関だとすれば、この二人はまちいなく受賞の筆頭候補であろう。
著者たる二人は「ハウツー」を書いたと言うが、私に言わせればそれはおそらく「照れ隠し」であり、著者たちには228頁というリーズナブルな分量に、ケースメソッド教育実践に必要なプロセスをかなり網羅的に整理したという自負があるはずだ。実際にケースメソッドをモノにしてきた筆者らの歩みを、かなり詳しく追体験できることも本書の魅力である。
つい先ほど、Amazon.comの[カテゴリー:本]を「ケースメソッド」で検索したところ、ケースメソッドの関連書籍465冊がヒットした。しかしその多くは、ケースメソッド教育を概観した本、ケースブック、授業ライブなどであり、ケースメソッドでの教え方そのものをまっすぐに述べた本はほとんどない。私自身もその「ほとんどない」ところの一冊である『ケースメソッド教授法入門』を2010年に著したのだが、「ケースメソッドでの教え方を説く」という作業は、ある意味で「禁断の扉」を開けることだったようにも思う。
執筆当時、私は母校である慶應義塾大学ビジネス・スクールに在籍していたが、わが国のケースメソッド教育の黎明期を支えてきた大先生からは「書き出せないはずのことを書いた」と批判されたこともあった。ただそのとき、なぜか私にはそんな言葉に反発する気持ちなど微塵もなく、「そんなことは私だってよく分かっている」と心の中で答えていたことを思い出す。自著は「それでも書いてみる」という当時の私なりのチャレンジだったわけで、高木晴夫先生が監修してくださったことにも勇気づけられた。
ケースメソッドでの教え方を解説することがたいへんに難しい、という私認識自体が間違っているのかもしれないが、「簡単には書き出せない価値」というものがあってもよいと思う。そして「それでも書いてみる」、「やはり思うようには書き出せない」、「でも書き出せた部分もありそうだ」- こうした歩みでよいのだと思う。
最後に私見として述べるなら、ケースメソッド教育の発展にとって、教え方を規定するような本なら書かれないほうがよいが、最低限の海図は必要である。水野・黒岩も、竹内も、そのギリギリの線をねらっていて、それぞれの章構成や内容記述として着地させている。「どちらの本がよりよいか」という楽しいツバぜり合いは、本コラムの読者を巻き込むことなく著者間で堪能したいが、水野・黒岩の新著は、ケースメソッドで教えるすべての教育関係者に新しい海図を提供してくれている。そして、その結果として、日本ケースセンターのケースがますます売れてくれるとありがたい、というお粗末な結語をもって、今回のコラムは締めたいと思う。
水野由香里・黒岩健一郎著『ケースメソッドの教科書-これさえ読めば授業・研修ができる』碩学舎、2022年9月。
碩学舎HP
https://www.sekigakusha.com/publications/detail/business_23
出版記念セミナー
https://www.sekigakusha.com/information/detail/17215